刈り上げ君とチャーハン

 

 

その日は素晴らしく最高な一日になるはずだった。

めずらしく早起きして、朝から喫茶店で美味い珈琲を啜り、ふたつもひまわり畑を見かけて、昼にはホラーと懐かしいワンピースの映画を観た。久しぶりに満たされている、と感じた。

夜には髪切り屋さんでイケてる髪型にしてもらい、そのまま外食をする予定を組んだ。すごく気分が良くて、これ以上のハッピーってなかなか思い付かない。

夏の青空のように晴れやかな気持ちで美容室へと足を運ぶ。

 

そして現在なんというか、後頭部に「刈り上げ」がある。つまりはなんというか、髪がない。ちゃんと美容師さんにいつもの写真を見せて、口頭でも説明したのに。襟足から繋げるような感じでって。

普段の髪型はいわゆるツーブロックなのだけれど、あまりツーブロックの人間というのが好きではない。ツーブロックという「機能美」を愛しているといっていい。そのためサイドの刈り上げは上から髪を被せるようにして目立たなくしているし、後頭部はグラデーションになるようにお願いしていた。ツーブロックをしている人間から放たれる独特のオーラや威圧感みたいなものはなるべく少ない方がいい。

それがなんだ。馬鹿みたいに後ろを刈り上げまくってくれやがって。刈り上げ君、という小学生みたいなワードが頭に浮かぶ。

ワンテンポ置いて、ありがとうございます、と言った。しばらく通っているところだし、切っちゃったものはしょうがない。失ったものは戻ってはこないのだ。担当の美容師さんは、最後に名刺を渡してこなかった。

 

重くなった足取りで夕食へと向かう。

急に炒飯が(チャーハンではなくて)食べたくなって、中華屋へ入るとすぐさま炒飯の大盛りを頼んだ。

炒飯とチャーハンは全くの別物だと言っていい。自炊で初めのころ何度も挑んだメニューだが、出来上がったのはいつも「チャーハン」だった。炒めたはずの米は炊き上がりの時よりもなぜかもっちゃりと粘り気を帯びていて、塩コショウを効かせただけの深みのない味付け、味気のない肉、余り物の野菜が散りばめられている。どんな中華の鉄人だって平べったいフライパンとIHコンロでは、あのパラパラの、外で出されるような「炒飯」を作ることは不可能だと思ったものだ。

だから中華屋へ来た。自分でわざわざもっちゃりとしたチャーハンを作るなんて、炒飯を食べたい人間がすることではない。

「お待たせしました」と声がかかる。

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嫌な予感がした。

ひと目でまず形が悪い。半球形によそわれていない米は、水気を帯びてぬらぬらと光を反射している。おまけに香味野菜であるネギも2粒くらいしか見えない。そして仕上げに、家で作ったあの、「チャーハン」の香りがした。

味はもう、何ていうか言っちゃ悪いけど決して良くはなかった。ご飯を食べてこんなに悲しい気持ちになるのは生まれて初めてのことだった。炒飯を食べたい欲が満たされないまま、黙って平らげる。

大盛りだったことが余計に僕を悲しくさせた。

 

 

なんなんだ。一体何が起こったんだろう。ついさっきまで、良い一日だったんだ。

出来ることならもう一度今日を初めからやり直したい。美味い珈琲を啜り、ひまわり畑をふたつ見て、ホラーとワンピースの映画を鑑賞し、違う美容室と中華屋へ行くのだ。そうすれば、チャーハンへの恨みを抱きながら夜の街をさまよう刈り上げ君になることもなかった。

 

そうブログの締めくくりを書き終え、例の中華屋を後にしようとしたところで──

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チャーハンの看板

 

ああ。

なるほどね。

簡単なことだ。答えはいつだって、最初から目の前に用意されているのに。