昨日みた夢の話

 

普段そんなに夢を見たりするほうではなくて、大体見ても覚えていないのだけど、昨日みた夢はひどくリアルで痛々しくて、寂しくて、冷たくて、朝目が覚めた時に自分がどこにいるのか一瞬分からなくなるほどだった。

たまに強烈な夢を見ると、現実との区別が付かない事がある。中学の頃そのせいで好きだった女の子に電話をかけてしまって(お母さんが出た)困らせてしまったこともあった。全然仲良くなんてなかったのに。

 

昨日見た夢はこんな感じだ。

 

 

世界から全ての供給が消えた。水は湧くのをやめ、火は起きなくなり、風はやみ、木々は枯れ、電気さえ流れなくなっていた。世界は三日で変わり果て、一週間で腐敗した。

全てが襲いくる敵のようだった。空気は冷え込み大雪が降っていて、人々は文明の残骸みたいな、壁と屋根だけの家で死を待つばかりだった。本当の脅威は自然なんかじゃない。終焉という概念そのものだ。文明の明かりも星々の光も、長い夜を照らすことはなかった。

「山の頂上から、今の世界を見渡したいの」

彼女は言った。

彼女が誰だったのかは、もう思い出せない。ひどく衰弱していて、先が長くない事は明らかだった。私は大袈裟に頷いてみせる。この世の終焉が始まってからというもの、初めて見た笑顔だった。

 

彼女を車椅子に乗せ、最低限の荷物を背負い家を後にする。帰ることなどもう考えてはいなかった。静寂な山道を登っていく。雪が積もっていて、何度も足を滑らせそうになる。その度に握った車椅子から小さく悲鳴が上がり、私は無我夢中でその手を強く握りしめた。二人とも必死だった。

道中で鳥の死骸を食べた。羽根をむしり、道端の雪でごしごしと汚れをこそげ落として口に含む。吐き出すようにして噛み切り、咀嚼する。味は分からない。彼女は何も口にしなかった。

夜がきて、辺りはまた暗闇に包まれた。いつのまにか山道も残り半分ほどになっていた。「海が見たい」と彼女が言う。そういえばかすかに潮の匂いがする。しかし夜が明けても、海があった場所には暗く淀んだ水面が広がっているだけで、波ひとつ立てないそれは光さえも飲み込む穴のように見えた。「海が見たかった」彼女は諦めるように呟いた。

死に物狂いで雪山を登っている。死に物狂いというか、まさに死と隣り合わせだった。雪は吹雪になり、車椅子を阻むように降り積もる。彼女は雪を払う気力も無くしていて、口元から白い息が立ち上っていなければ生きているかも分からなかっただろう。

生き物なんてもうずっと見ていない。シャツの粗い生地で糞尿を濾して口に入れる。もう滅茶苦茶だった。なんのために頂上を目指すんだろう。この世界を見下ろして、何になるんだろう。

辿り着けば全てが分かる。楽になれるんだ。

彼女はもう何も喋らなかった。

 

 

疲れた。

結末へは辿り着けませんでした。夢っていうのは、いつもいいところで終わるものです。

悪い夢だったけどなんていうか、必死で、頑なで、悪くなかったな。夢占いでも悪い夢が吉兆だったりするし。

起きれてよかった。もう少し長く夢を見ていたらもっと辛かったかもしれない。知らなくていいことなんてこの世にはたくさんある。暖かな部屋で、明るくして、それで……

大事なものっていうのを、たくさん作ろう。そうしよう。